エベレスト挑戦中の登山家遺体で発見 栗城史多さん35歳で死亡

北海道南部の今金町出身の登山家、栗城史多(のぶかず)さんが

エベレスト登山に挑戦中の5月21日朝、ベースキャンプで死亡しているのが確認されました。

21日に栗城さんの事務所によるとエベレスト登頂中に登ることを断念して栗城さんが

下山途中で無線に反応しなくなったことで、

第2キャンプ撮影隊が捜索を行ったところ低体温症で死亡している栗城さんを発見しました。

標高7400メートルの地点で、咳と風邪に苦しみながらも慎重にやり遂げたいと、

フェイスブックにメッセージをアップしたのが最後でした。

栗城さん死亡の一報が事務所から今金町の栗城さんの父親が経営するメガネ店に伝えられたそうです。

栗城さんが登頂中に今回酸素ボンベ無しでシェルパのサポートもなくエベレスト登頂を目指していました。

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【栗城史多さんとは】

栗城 史多(くりき のぶかず)

1982年6月9日 – 2018年5月21日

株式会社たお代表取締役

北海道瀬棚郡今金町出身

よしもとクリエイティブ・エージェンシーと2011年9月から業務提携

「冒険の共有」をテーマに全国で講演活動を行いながら、

年に1、2回ヒマラヤ地域で高所登山を行っている。

エベレストには単独無酸素登頂と頂上からのインターネット生中継を目指し、

2009年9月チベット側、2010年9月ネパール側から挑んだが、

8,000mに達することが出来ず敗退。

2011年に前年と同じネパール側から3度目の挑戦をしたがサウスコル7900mに達せず敗退。

2012年10月に西稜ルートから4度目の挑戦も強風により敗退。

この時に受傷した凍傷により、のちに両手の指9本を切断。

2015年の5度目、2016年6度目、2017年7度目のエベレスト登山も敗退した。

2018年5月に8度目となるエベレスト登山を敢行したが、途中で体調を崩して登頂を断念。下山中の同月21日にキャンプ2近くで死亡されました。

世間では、引きこもりでエベレストを目指し指9本を無くしても尚挑戦するという姿が人気でした。

しかし、実際には「元ニート」 「元引きこもり」 を自称しているが、これはあくまでキャラクター作りのための設定です。

「元ニート」を名乗るようになったきっかけは、栗城の全国デビューとなる企画に、

「電波少年」で知られる日本テレビプロデューサーの土屋敏男が

『ニートのアルピニスト、初めてのヒマラヤ』というタイトルをつけたためです。

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【今回の栗城史多さんの登頂の詳細】

2018年の5月21日に8度目のエベレスト単独登頂中に体調を崩し標高7400mより下山。

無線の通じなくなった栗城さんを第2キャンプ付近にいた撮影隊が捜索し、

低体温症で死亡している栗城さんの遺体を発見しました。

同日にAbemaTVでの登山生放送を予定していた矢先での遭難でした。

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